工業地帯の集中する
瀬戸内海と、
東シナ海を挟んで近年発展がめざましい
中国などとの往来には、近傍に適当な海路がないことから関門海峡の通過が不可欠である一方、海峡の狭さ、潮流の速さ・向き(潮の
干満により1日4回
潮流の向きが変わる)、船舶通行量の多さ、航路の複雑さ(関門航路は筆記体の「V」の字)から
水先案内人(パイロット)の同乗が義務づけられていることなどから、内外の
海運業にとっては頭痛の種となっている。このような状況を鑑みて、航行に支障になる堆積物の除去と(事故等による)油回収に機動的に対応するために、専用船舶(
海翔丸)が
国土交通省九州地方整備局関門航路事務所に配備されている。
海峡の狭さが故に、早い段階から
海底トンネルや
橋が整備され、現在合わせて4本のトンネルと橋梁が本州と九州をつないでいる。そのはしりと言える1942年の鉄道トンネル開通、1958年の国道トンネル開通に伴って、
鉄道や
自動車により頻繁に往来が行われるようになった。以降、海峡両岸は強力に結びつけられ、下関市と北九州市ならびに両市の周辺地域は、海峡を跨いだ「
関門都市圏」と呼ばれる一つの
都市圏を形成するようになっている。九州への鉄道や道路は関門海峡以外にないため、一度災害や大事故が発生し、鉄道や車が海峡間で使用不能になると、その影響は計り知れない(
豊予海峡に橋梁またはトンネルを建設する構想があるが、多額の建設費が必要なため実現していない)。