▼最新情報をCheck!!▼
「第1次大隈内閣」||動物-master.com 【05/29update】
第1次大隈内閣
wikipedia|無料辞書
前のページ
1/2
次のページ
与党となった
憲政党
のうち、旧
進歩党
系の大隈を首相に、旧
自由党
系の
板垣退助
を特に
内務大臣
に迎えて組織したため、大隈の「隈」と板垣の「板」をとって
隈板内閣
(わいはんないかく)ともいう。
◆ 概要
第3次伊藤内閣
が
伊藤博文
の政党組織準備のために総辞職し、
元老
が
議会
勢力に妥協した結果、当時
衆議院
第一党であった
憲政党
の首班大隈と板垣に大命が降下されて組閣された。首班が議会(衆議院)に議席を持たないという意味ではやや条件を欠くが、軍部大臣以外を政党人によってかためたという点では、日本史上初の
政党内閣
であるといえる。
しかし寄合所帯の
憲政党
内部では、旧
進歩党
系と旧
自由党
系の軋轢が強く、自由党系が求めていた
星亨
の外相任命を大隈が拒んで自ら兼務を続けたことに加え、文相
尾崎行雄
の
共和演説事件
による罷免をめぐり後任人事が両者間で紛糾し、星らによる憲政党の分裂騒ぎに発展。組閣後4ヶ月余りで総辞職を余儀なくされた。
◆ 在任期間
在任;
1898年
(
明治
31年)
6月30日
- 同年
11月8日
◆ 国務大臣
・
総理大臣
:
伯爵
大隈重信
(佐賀閥・憲政党:旧進歩党系)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
外務大臣
:大隈重信(兼任)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
内務大臣
:
伯爵
板垣退助
(土佐閥・憲政党:旧自由党系)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
大蔵大臣
:
松田正久
(憲政党:旧自由党系)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
陸軍大臣
:
子爵
桂太郎
(長州閥・軍人:
陸軍
)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
海軍大臣
:
侯爵
西郷従道
(薩摩閥・軍人:
陸軍
・
海軍
)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
司法大臣
:
大東義徹
(憲政党:旧進歩党系)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
文部大臣
:
尾崎行雄
(
衆議院
・憲政党:旧進歩党系)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
10月27日
:
犬養毅
(
衆議院
・憲政党:旧進歩党系)
::1898年(明治31年)
10月27日
- 同年
11月8日
・
農商務大臣
:
大石正巳
(憲政党:旧自由党系)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
逓信大臣
(
衆議院
・憲政党:旧自由党系)
:
林有造
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
11月8日
・
内閣書記官長
:
鮫島武之助
(
貴族院
)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
7月7日
:
武富時敏
(
憲政党
:旧進歩党系)
::1898年(明治31年)
7月7日
- 同年
11月8日
・
法制局長官
:
梅謙次郎
(帝国大学法学部教授)
::1898年(明治31年)
6月30日
- 同年
10月27日
:
神鞭知常
(
衆議院
・
憲政党
:旧進歩党系)
::1898年(明治31年)
10月27日
- 同年
11月8日