『
豊後国風土記』は、玖珠盆地の地形について次のような伝承を伝えている。この盆地には、大昔、一本の巨大な
楠が生えており、一帯はその日陰となって作物がよく育たなかった。困った村人が大男に楠を切り倒すように頼み、大男が苦労の末に楠を切り倒すと、ようやく日が当たり作物が育つようになった。切り倒した後の楠の切株が伐株山で、楠が倒れた時に跳ね上がった土が積もって山となったのが万年山である。実際には、盆地の周囲に多数のメサが連なる地形は、
更新世中期から後期に噴出した
溶岩が
侵食されて形成されたものと考えられている。また、成因を
カルデラであるとする説もある
[[外部リンク] 玖珠層群 (くすそうぐん)並んでいた古代淡水湖 - 大分歴史事典]。