正当防衛 wikipedia|無料辞書
正当防衛(せいとうぼうえい)とは、自分もしくは他者に対する急迫不正の侵害に対して、官憲の保護を待っていては法益が侵されてしまう状況にあるときに、自ら法益を保護するために当該侵害相手方に対して何らかの行動をとった場合に、それが仮に犯罪に該当する行為であっても犯罪には問われない(仮に侵害に対する侵害の程度が、程度として若干越えていても過剰防衛等で刑を減免する)、刑法上の制度のことである。本頁では
法律用語としての正当防衛について記述する。
◆刑法上の正当防衛
◇ 正当防衛の意義
正当防衛とは、自分若しくは他者に対する急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するために、やむを得ない範囲において、侵害相手方に対して何らかの形での侵害行為――殺害等――をした場合、それが仮に構成要件に該当し、違法性を指摘され、そのことについて責任を負える状態であっても、本人に対して犯罪の成立を否定し、罪に問わない刑法上の制度のことである。
刑法における正当防衛は1項に規定されている。すなわち、
急迫不正の侵害に対して自己または他人の権利を防衛するためにやむを得ずした行為は、たとえそれが通常ならば犯罪として罰せられる行為であっても、罰せられない。
刑法学上、
犯罪として処罰するためにはその行為が
構成要件に該当し、
違法性があり、行為者に
責任を問うことができ、かつ
処罰条件がなくてはならない。そしてある行為が正当防衛にあたる場合には、これらのうち違法性がないとされるため、犯罪は成立しないことになる。このように違法性がないということでその行為を正当化し、犯罪の成立を妨げる条件のことを
違法性阻却事由といい、正当防衛はその典型例の一つである。
但し、防衛として行った行為について、それが正当防衛の範疇に収まらなかった場合については(例えば過剰防衛等)、当該行為の違法性が問われ、警察等官公署に被害を訴えた場合、喧嘩両成敗の扱いを受け、告訴が行えなくなる可能性もわずかながら存在する(これは法学上の正しさとはまた別問題なので注意を要する)。
◇正当防衛の要件
正当防衛の要件は
#急迫の侵害
#不正な侵害
#自己または他人の権利防衛のため(防衛行為,防衛意思)
#やむを得ずにした行為(補充性,法益権衡)
である。
なお上記に該当しない場合でも、
緊急避難の観点から暴力などの行為も止むを得ないと判断される場合もある。
◇ 急迫性の要件
まず、正当防衛が成立するためには反撃の根拠となる侵害が「急迫」なものでなければならない。この文言を素直に解釈すれば、侵害が差し迫ったものでなければならないようにも思える。つまり、あらかじめ侵害があるのではないかと予測しているのであればその侵害は「急迫」ではないので正当防衛は成立しないとも考えられるのである。
# 閑静な住宅街に住むAは、最近治安が悪化してきたので護身用として
催涙スプレーを携帯していた。ある夜の帰り道、暴漢に襲われたので、Aは用意してあった催涙スプレーで反撃した。暴漢は目を痛め、全治二週間の傷害を受けた。
# ある政治集団Xは近々集会を開こうとしていた。しかしこの集会のときを狙って対立する団体が襲撃を仕掛けてくるという情報があった。そこでXのメンバーらはこれを機に対立団体を壊滅させようと目論み、集会場に角材などを準備していた。集会が始まると案の定襲撃があったのでXのメンバーは用意していた角材を武器に反撃し、多数のけが人を出した。
どちらの例でも侵害をある程度予想している。しかしそれを理由に急迫性を否定して正当防衛が成立しないとすると、特に1の例で不合理である。そこで、ここでいう「急迫」とは侵害を受けた者の受け取り方ではなく、客観的な状況をいうと理解されている。よってどちらの例の侵害も、どんなに侵害を予測していたとしても急迫性が否定されることはない。しかし、2の例では侵害を契機として相手に積極的な加害を行おうとする意思(
積極的加害意思)を有している。このような場合にはもはや急迫性の要件を満たさないと考えるのが
判例の立場である。なお、積極的加害意思と積極的加害行為を同視する見解も有力である。
◇不正
「不正」とは、原則として犯罪成立要件としての
違法と解する説もある。ただし、一般に、過失による身体の危険(過失致傷が完成していない場合)や過失による器物損壊の場合も不正にあたり正当防衛が成立しうるとされる。また、隣の部屋のガス漏れで爆発のおそれあるときも不正にあたるとされ、隣の部屋に入ることは正当防衛となるとされる。また、刑法上の
可罰的違法性がないといえる場合でも「不正」にあたるとされる。
このような不正の要件に関しては、動物や自然力による侵害について正当防衛が成立するかという
対物防衛の問題がある。
◇防衛行為
防衛行為とは、侵害者に向けられた反撃のことである。
侵害者が第三者所有物を利用して侵害してきたときに、当該第三者所有物に反撃することは防衛行為に当たるかについては争いがある。有力説は、侵害者への反撃ではないとして否定する。一般に対物防衛を否定する説では、この問題は否定する立場が多い。
◇ 防衛の意思
正当防衛について規定した刑法36条1項を見ると、「自己または他人の権利を防衛するため」となっている。この「防衛するため」という文言の解釈には争いがある。つまり、正当防衛が成立するためには、権利(利益)を防衛するために行為するのだという主観的な認識、すなわち「
防衛の意思」が必要なのか、あるいは客観的状況から行って防衛行為としての効果を持っていれば十分であり、「防衛の意思」というものは必要でないのかについて見解が二分されている。この論争は
違法性の実質についての見解、つまり
行為無価値論と
結果無価値論の対立が根底にある。行為無価値論からは
防衛の意思必要説が唱えられ、結果無価値論からは
防衛の意思不要説が説かれた。しかしその後の議論においては違法性の実質についての見解と防衛の意思の要否は必ずしも直結しなくなっている。
「防衛の意思」を肯定する立場でも、その内容については様々な違いがある。当初の
判例は、防衛の意思とは純粋な防衛の動機や目的に限定して考える
目的説をとっていた。この見解によれば怒りや逆上といった防衛とは異なる動機があればもはや「防衛の意思」は存在せず、正当防衛も成立しないと考えた。しかし急に他者から攻撃を受けた場合に冷静さを保って防衛の目的のみから反撃することは困難であり、正当防衛が成立する場合を極端に制限してしまうという批判があった。
その後、判例は防衛の意思の内容について「急迫不正の侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態」であるというように解釈を変更することで、憤激や逆上から反撃行為を加えても直ちに防衛の意思がないとされることはない、すなわち憤激や逆上していても正当防衛が成立しうる場合があるとしているという立場に変わっている。その一方、防衛の意思が全く無い、防衛に名を借りて積極的に加害する行為(積極的加害行為)については防衛の意思が否定されることを認めている。
◇ 相当性の要件(過剰防衛)
ある行為が正当防衛とされるためには、その反撃行為が権利を防衛するために必要かつ相当な程度で行われなくてはならない。これは刑法36条1項の「
やむを得ずにした行為」という文言の解釈から導かれた要件で、
必要性と相当性の要件といわれる。この必要性と相当性から逸脱した、行き過ぎた防衛行為は
過剰防衛といわれる。過剰防衛は正当防衛の場合と違って犯罪の成立は否定されない。ただし、
刑を軽減したり免除したりすることが出来る(刑法36条2項)。
ここでいう「必要性」の表現する内容はさほど明確ではないが、概ね、その防衛行為を行うことが許されるかどうかという問題として扱われている。そして主に以下の二つが必要性という要件の内容として捉えられている。まず、防衛行為が利益を防衛するために必要であったことである。これは緊急避難の補充性の要件のように「他に採りうる手段がない」ということまでは要求しない。例えば、逃げられるのに敢えて立ち向かって反撃したという場合でも正当防衛は成立しうる。なぜなら、正当防衛は
緊急避難と違って不正な侵害に対する防衛だから加害者の法益をそこまで考慮する必要がないからである。次に、その行為が正当防衛に役立つ行為であることである。しかし、通説的見解や判例はこの「必要性」の要件をあまり重視せず、反撃することが合理的な選択肢の一つであることや、防衛に不必要ではないこと、という程度の意味に捉えている。
むしろ議論されているのは「相当性」についてである。これは防衛行為それ自体は認められるにしても、どの程度まで正当防衛として許されるのかという問題である。この相当性の要件には二つの問題が含まれている。一つは防衛しようとする利益と防衛行為によって害される利益とを比較して相当な範囲の行為といえるかどうかの問題であり、もう一つは防衛行為の態様が相当な範囲といえるかどうかの問題である。以下、それぞれについて具体例を示す。
# 女性Xは駅のホームで帰りの電車を待っていた。そこへ酔っ払いの男性Yがやってきて、Xに執拗にまとわりついた。周囲の人々は笑いながらこれを眺めるばかりでXを助けようとはしなかった。YはXを「馬鹿女」とののしり、胸から首筋のあたりにつかみかかられる状態となった。そこでXは「あんたなんか死んでしまえばいい!」と言ってYの身体を両手でついた。するとYは酔っていたこともあってふらふらとよろめき、ホームから転落した。そこへ運悪く電車がやってきたため、Yは電車とホームに挟まれて死亡した。
# Aは金の無心に来た友人Bと口論になった。すると興奮したBは「貴様、殺してやる」といってAの胸ぐらをつかみ、素手で殴り掛かってきた。Aは命の危険を感じてこれを払いのけ、床の間に飾ってあった日本刀でBに斬りかかって怪我を負わせた。
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