市民的不服従 wikipedia|無料辞書
市民的不服従(しみんてきふふくじゅう、英Civil disobedience)とは、ある種の法律や、政府ないし支配的権力による要請・命令に従うことを
非暴力的手段を通じて積極的に拒否することを指す。市民的不服従は、インドの非暴力抵抗運動(
マハトマ・ガンディーによる社会福祉運動や、
イギリス帝国からの独立運動)や、南アフリカの反
アパルトヘイト闘争、アメリカの
公民権運動などで用いられた。
◆ 理論的起源
市民的不服従の実践を裏付ける理論の草分けとなったのはアメリカ人の作家
ヘンリー・デイヴィッド・ソローである。ソローは1849年に「市民的不服従」という題のエッセーを書いた(元々の題名は「市民政府への抵抗Resistance to Civil Government」)。このエッセーの主導理念は、他人に頼るのではなくその人みずからを指針とすべきだという「自恃(じじ:自らを恃(たの)みとする)」の考え方である。
政府に対して
暴力をもって攻撃を加える必要はないが、政府に荷担すべきではないし、(敵対している場合には)政府の援助を受けるべきでもないというのである。このエッセーは後年市民的不服従が実際におこなわれるようになるにつれ大きな影響をもつようになった。ソローはこのエッセーを書いた理由を、
奴隷制度や
対メキシコ戦争への反対の意思表示として納税拒否をおこなったことだとしている。
◆ 市民的不服従の理論と技法
市民的不服従を積極的な仕方で表現するときには、ある種の
法律にわざと違犯することにもなる(例えば、スクラムや
バリケードによって移動を妨害するとか、軍事基地を不法占拠するなど)。抗議者は自分がその行動によって逮捕されることになるだろうし、場合によっては当局から攻撃を受けたり殴打されることになるとも予期しているが、こうした非暴力的な仕方で市民的不正行為を実行するのである。逮捕や攻撃をされた時どう反応すればよいのか、抗議者があらかじめ訓練を積んでおくことも多い。そうすれば、いざという時取り乱したり思わぬ行動を取ったりして当局に脅威と思われてしまう恐れがないからである。
例えばガンディーは概略次のようなルールを定めていた。
#不服従者は何があっても怒らないこと。
#そのせいで暴行を受けることがあっても抵抗せず、仕返しもしないこと。どれほど殴られたり虐められたりしようが、怒りのもとでおこなわれた命令には決して従わないこと。
#当局から
逮捕されそうになったら、文句を言わず逮捕されること。たとえば当局が自分の
財産を
押収しようとしても抵抗せず、当局のするにまかせること。
#他人の財産を預けられているときには、決してそれを当局に引き渡さないこと。そのせいで命を失うことになっても、絶対に反撃しないこと。
#悪口を言ったり罵ったりしてもいけない。
#したがって相手を侮辱してはいけない。隠語や新造語のたぐいでもいけない。
#イギリス
国旗には
敬礼しない。けれども国旗や英・印の役人に対して侮辱することもしてはいけない。
#闘争の最中に役人が侮辱されたり暴力を加えられることがあったら、
命を賭けてその役人を守ること。
ガンディーは彼の非暴力抵抗運動と、西洋の受動的レジスタンスを区別していた。
◆ 市民的不服従の実例
◇ 独立運動での用例
市民的不服従は、アフリカやアジアの旧
植民地で
宗主国からの独立を求める
ナショナリズム運動が高まりを見せた時に主要戦術として用いられた。最も有名なのはマハトマ・ガンディーの戦術である。ガンジーは次のように述べている。「市民的不服従は、市民が市民であろうとする市民の本来的権利である。これには規律、思想、責任、留意、犠牲が必要である (Civil disobedience is the inherent right of a citizen to be civil, implies discipline, thought, care, attention and sacrifice)」。ガンディーはソローのエッセーから市民的不服従について学び、非暴力抵抗運動の思想を形成したのである。
◇ 南アフリカ
◇ アメリカ合衆国における市民的不服従
◇ 市民的不服従と宗教
市民的不服従の実践者の多くには宗教的背景があり、神父や牧師が市民的不服従運動を指導することも多い。その顕著な例が
ローマ・カトリック司祭
フィリップ・ベリガンであり、彼は反戦のための市民的不服従の実践によって10回以上も逮捕されている。同様に、
同性愛差別反対運動のグループも教会の方針を変更させるため市民的不服従運動に参加している。
◇ 日本における市民的不服従