以前は
寛平6年(
894年)の
遣唐使停止により中国の直接的影響を抜け出し、日本独自の文化が発展したと一般的に解釈されてきた。しかし、遣唐使廃止後も対外交流は盛んで中国の文物は多く日本に流入していた。そのため、遣唐使停止を国風文化の画期とすることは誤りである。そもそも、唐風の文化を踏まえながらも日本の風土や生活感情である「
国風(くにぶり)」を重視する傾向は
奈良時代から進行していた。すなわち、遣唐使停止は日本文化の国風化を加速させる要因であったとみることが適当である。
奈良時代から日本語を表記するため漢字の音訓を借りた
万葉仮名が使われていたが、この時代になって
仮名文字(ひらがな、カタカナ)が広く使われるようになった。
カタカナは漢字の一部に由来し(例:伊→イ)、漢文を訓読する際の補助文字として使われた。また、
ひらがなは漢字の草書体を元にしたもので(安→あ)主に女性が用い始めた。