綱吉の格別の寵愛で取り立てられたはずであったが、元禄2年(
1689年)
2月2日には「将軍の意向にしばしば背き、勤務も疎かにしている」という名目で突然改易に処され、
伊勢国桑名藩主
松平越中守定重に預けられた。ちなみに同時期の元禄2年(1689年)
1月3日には重政の
従兄弟である旗本
喜多見茂兵衛重治の屋敷で重治と重治の妹の夫
浅岡縫殿頭直国が喧嘩になり重治が直国を殺害し、重治もその罪で
斬罪に処されるという事件が起こっている。重政の改易もこの事件が綱吉の心象を害したのが原因ではとも言われているが、改易の真の理由は不明。元禄6年(1693年)
7月28日に預かり先の
桑名で狂死したという。