厳密な意味での命題の存在は、「意味」の存在と同様に、疑問を投げかける哲学者もいる。また、「意味」の概念が許容される場合にあっても、その本質は何であるかということにはなお議論のあるところである。古い文献では、語の集まりあるいはその語の集まりの表す「意味」という意味で命題という術語を用いているかどうかということが、つねに十分に明らかにされているわけではなかった
[例えば http://plato.stanford.edu/entries/propositions/ 参照]。現在では、論争や
存在論的な含みを持つこと避けるため、ある解釈の下で(真か偽のいずれであるかという)真理の担い手となる記号列そのものについて述べるときは、命題という代わりに文 という術語を用いる。ストローソンは「言明」 という術語を用いることを提唱した。
数理論理学において命題(あるいは
論理式 )は
量化子を含むことのない
言明であり、それはまた
原子論理式と五つの
論理結合子(選言、連言、否定、含意、双条件)およびグループ化記号のみから構成される
整論理式の合成である。
命題論理は、(内部的に無矛盾性が証明されたという意味で)完全に解決された数少ない数学の分野の一つであり、命題論理において任意の定理は真であり、任意の真なる言明が証明可能である
[A. G. Hamilton, Logic for Mathematicians, Cambridge University Press, 1980, ISBN 0521292913](この事実と
ゲーデルの不完全性定理から、命題論理が自然数論を構成するには不十分であることを知るのは簡単である)。命題論理の拡張としてもっともよく用いられるものは、命題論理に
変項と
量化子を加えた、
述語論理である。